お気楽ミニマルライフ

パートのオバハンがラクな暮らしを追求するブログ

スーパーのオバハンを辞めることにした

f:id:imoyoukantan:20180414110734j:plain


遅くとも年内に現在の職場(スーパーの衣料品売り場)を辞めることにした。

 

このブログを始めたのが2017年の9月。当時はとある健康食品メーカーのインバウンドのみのテレフォンオペレーターのパートをやっていて、ブログ開始2ヶ月後に退職。2018年の1月から今の職場での勤務が始まった。

 

入店数カ月後には短時間勤務から週5日、週33時間勤務になったものの、体力的事情とオットの反対によって週4日の短時間勤務に戻る。そして去年からは週3日へ。

 

3年8ヶ月ほど働いた。ブログにも仕事に関して色々と書き散らかしてきたけれど、読み返してみると不満ばかりだ。週5勤務の頃も短時間勤務の現在も、一貫して「時間に追われて自分の担当の仕事を全うできず、達成感もないストレス」と、一定数来店する「他者に対する想像力がまるで働かない、『客である自分は神!』と言わんばかりの横柄な客」に当たった時の消耗。

 

昨日、数日前のレジのミスの報告書が3枚も来た。

報告書に原因と対策を記入し、上司のコメントと承認印、エライ人の承認印をもらってレジの責任者に提出しなければならない。・・・勤務時間内の業務の合間に。ちなみにワタシはこれを「スタンプラリー」と呼んでいる。

 

上司のコメントを貰いに行ったけれど、原因は何?と聞かれても正直まるっきり覚えていない。申し訳ない、自分が悪いとは思いつつも、うっかりしましたとか、忘れてましたとしか言いようがなく。「原因がわからないと対策も出来ないでしょう?」と窘められてしまったが、レジでミスしないためにすることは全部やってる。指差し確認、お客さんとの相互確認、商品名や値段の復唱・・・。あとは平常心と少しの緊張感を保つこと。それでもこの体たらくなんだから、レジや接客が「向いていない」んだと思う。色んなスーパーやデパートで働いた経験のあるアパレルのマネキンさん達は「このスーパーのレジはホント複雑怪奇だよね」と口を揃えて言うから、自分の心がけや意識付けだけではどうにもならない面も、もしかしたらあるのかも知れないが。

 

報告書をもらった日の帰宅のバスの中でつくづく思った。

「もうあの職場で(自分を)騙し騙し働くのも限界だな・・・」

上司や同僚にいじめやハラスメント行為をする人が全くおらず、勤務時間の融通もしてくれるから、今まで続けてこれたんだと思う。

 

だけど肝心の仕事内容がもう「やってられん」し「合わん」のだ。

とは言え、家で専業主婦状態もそれはそれでキツイので、雇ってくれるところが首尾よく見つかるとは思えないけど新しい仕事を探すことにした。年齢的にイバラの道・・・。あ、レジのないところで。

お茶の思い出話3つ

今週のお題「好きなお茶」

 

f:id:imoyoukantan:20210913200906j:plain

お茶は中国茶日本茶紅茶ハーブティなど、大体何でも好きである。特に「どこそこのナニソレブランドのナントカティーじゃないとヤダわ!」というコダワリはない。スーパーでお気軽に買えるので十分満足できる。水分補給はお茶類中心。

 

渋さ満点の緑茶

実はちゃんとしたお茶の淹れ方を知ったのは社会人になってからだった。

 

実家では急須にやや多めの緑茶の茶葉を入れて、いきなり熱湯を注ぐという荒業。しばし待ってから、お寿司屋さんでもらった大きな湯呑にドボドボと淹れるのだ。淹れ方ダイナミック、苦味MAXの渋いお茶。それが当たり前だったので、ちゃんとした丁寧な淹れ方をしたお茶を飲んだ時は衝撃的だった。

 


www.youtube.com

 

この淹れ方を知らず恥ずかしい思いをした社会人1年生のワタシ、母に軽く文句を言った。母は悪びれる様子もなく、「お茶は渋いほうが好きだから」と言った。いやいや「お茶の淹れ方も知らんのか」って言われたんだよ・・・!と食い下がったんだけど、結局そんな事すぐに忘れて母と一緒に苦味パンチのきいた渋茶をすすって「はぁ~~」。母娘だよなぁ・・・。

 

ほうじ茶好き

子供の頃住んでた街の商店街の一角にあったお茶屋さん。

店頭にお茶を焙じる機械があり、通りがかると香ばしい香りが漂ってくる。炉の中で大量のお茶っ葉がグルングルン回ってゆっくり煎りつけられている。その様子と香りが好きで、お茶屋さんに用はなくても立ち止まって深呼吸するアヤシイ子どもだった。

そんな原体験があるせいか、ほうじ茶大好きである。

高2の時にその街から引っ越して以降、お茶っ葉はスーパーで買うものになり、店頭でお茶を焙じているお店も見かけなくなったのがとても残念である。

 

ある時、ほうじ茶が飲みたくなったがお茶っ葉がなかった。お茶っ葉だけ買いに行くのもなぁ、と考えていたら、色があまり出なくて風味も弱くて持て余していた緑茶のお茶っ葉を思い出した。それを乾煎りしたらほうじ茶になるんじゃないかとやってみた。焙烙なんていうシャレた道具はないのでフライパンで。・・・おお!子供の頃に好きだったあの香ばしい香り!!しかも、緑茶としてはイマイチ口に合わなかったのがひと手間加えておいしいほうじ茶になって嬉しかったなぁ。

 

余談だけど、ほうじ茶は大好きだがほうじ茶スイーツはいただけない。甘くしたらほうじ茶の香ばしさという魅力が半減すると思うのだが。

 

沖縄で栽培されたお茶・やんばる茶

沖縄旅行の際、地元スーパーに立ち寄った。お土産屋さんでお土産を買うよりも、地元のスーパーで買うほうが安いし、そこでの暮らしが垣間見えて楽しいからだ。

自宅用にさんぴん茶を買おうと思ったら、やんばる茶という緑茶が目に入った。

お店の人に聞くと、沖縄の北部の方でお茶が栽培されているんですよと嬉しそうに語ってくれた。へぇ!沖縄といえばさんぴん茶と思っていたから、沖縄産のお茶があるとは意外。さんぴん茶と一緒にやんばる茶も買って帰った。

渋くしないように丁寧な淹れ方で淹れてみたら、まろやかさと少しの渋みのバランスが良くてさっぱりと飲みやすい美味しいお茶だった。また買いたいなぁ。

 

そう言えば何となくお茶は飲んでるけど、ゆっくり楽しむ飲み方はしてないなぁ。たまには丁寧に淹れたお茶を誰かと他愛もない話をしながら楽しみたいな・・・。

古くならないシンプルライフ本、ワタシの暮らしバイブル

 ワタシがシンプルライフを知ったのはこの本が最初だった。 

人生を複雑にしない100の方法

人生を複雑にしない100の方法

 

 

 何度も何度も読み返して、「もういいだろう」と手放して、また読みたくなって文庫本を持っている。 結局定期的に読み返したくなるのでもう手放さない。

シンプルに暮らす100の方法 (PHP文庫)

シンプルに暮らす100の方法 (PHP文庫)

 

今はシンプルライフミニマリストの本が沢山出ているし、ネット上にも沢山発信されているから、目新しい内容では無いかも知れない。それに、アメリカ人のライフスタイルと日本人では相違点も多い。

 

ただ。

この本が書かれたのは1990年代前半。そこに注意して読んでみると、シンプルライフというのは普遍的だということがわかって驚く。実際「なぁんだ、今ミニマリストたちが言ってる事とそんなに変わらないじゃない?!」と思いながら再読している。

 

100の項目ほとんどが見開き2ページ程度のコンパクトさなので、気になるページだけ拾い読みも出来るが、1度は通しで読んでほしい。残念ながら古い本なので古書店か図書館で探すしかないのだけど。

 

既に実践してること

1.たまったガラクタを処分する(不用品はこまめに処分している)

4.食料品、日用品の買い物の時間を半分に(ネットスーパー積極利用)

9.ドライクリーニングの必要な服は買わない(自分だけ)

18.小さな家に引っ越す(ワガヤ2DKの借り上げ社宅住まい)

24.アクセサリーは最小限に(指輪1つ、つけたりつけなかったり)

25.遊びの外出を減らす(気づけば人混みキライになった)

28.無意味なダイレクトメールを断る(これホント邪魔!)

29.雑誌の定期購読をやめる(何年も前から雑誌買ってない、邪魔になるし)

32.電話が鳴ってもとらない(留守電にしてる。固定電話いらない解約したい)

35.きらいな年中行事はとりやめる(大掃除簡略化)

36.クリスマスカードは出さない(日本における年賀状ならやめて久しい)

63.ダイエット飲料より水を飲む(水、お茶、ブラックコーヒーなど、ノンカロリー飲料を飲むようにしている)

65.お弁当を作る(お弁当と言うにはあまりに簡素なおにぎり1個w)

66.ハイヒールは脱ぎ捨てる(冠婚葬祭用の4センチヒールパンプスですらツライ)

 

今後実践したいこと

8.洗濯物の量を半分にする(家族は洗濯物の量なんて気に留めちゃいない)

37.贈り物を簡素化する(過剰包装反対)

40.借金をなくす(ムスメの学費が残るのみに)

71.アスピリン以外の薬を捨てる(そこまでじゃなくてもアイテム絞りたい)

81.他人を変えようとしない(心がけてるけど家族には期待しすぎてしまう)

85.日記を付ける(このブログもある意味日記みたいなもんだけど)

100.「きわめつき」のシンプルワードローブをつくる(着物始めたので模索中)

 

大事なのは、何のために暮らしをシンプルにするのかということ。

100の方法は自分用にいくらでもカスタマイズすればいい。

やりたいことをやる為に、不要な部分はそぎ落としていきたい。

 

(2018年1月13日の記事を大幅リライト)

最近考えてる事ツラツラと⑧

考えてることというより近況報告的な。

 

髪の毛切った

  • セミロングまで伸ばしたけどショートボブに戻した
  • まとめ髪をしようと思って伸ばしてたがどうでも良くなった
  • 当分ショートボブで月1美容院コース
  • 白髪染めはヘナに再挑戦してみるかと思案中
  • 先日購入したスチームクリームがヘアクリームとしても使えてありがたい

 

雨の日に傘を忘れるという失態

  • 初めて行く場所にバスで出かけた雨の日、眠りこけてバスの中に折りたたみ傘を忘れた
  • 雨降ってるのにアホ過ぎる
  • 目的の場所のすぐ近くにユニクロがあったので折りたたみ傘購入
  • ユニクロの傘軽くて優秀。
  • 今度こそ無くさないようにしよう・・・というか、そもそも傘を持ち歩きたくない。だって忘れるから・・・

 

野菜が高い

  • この夏は冷夏気味だったのか??何だか野菜が高くて困惑
  • そろそろ終わりとは言え夏野菜の値上がり具合がなぁ~
  • 「困った時の豆苗」の法則を発動させよう(切った後にまた再び生やすヤツね)
  • 土曜朝の近所の農家さんの無人販売コーナーもチェックしよう・・・朝早めに行動開始しないとすぐ無くなっちゃうんだよなぁ
  • まぁ、端境期だよね今。しょうがないか。

 

5年ぶりに整骨院通い

  • 仕事休んで外出自粛した期間にPCとスマホやり過ぎて肩こり首こり悪化
  • 整骨院で保険治療と姿勢矯正の施術(保険外)に週1で通いはじめた
  • 巻き肩で周辺筋肉がガチガチになっているとのこと。他にもイロイロ・・・
  • 姿勢矯正の効果を高めるべく(というか週1で5000円飛んでくの痛い)自分でも出来ることをしようとyoutube先生にフォームローラー使った筋膜リリース教わっている
  • フォームローラーに整骨院の先生は否定的だったけど、ワタシはやってて気持ちがいいので寝る前にやっている
  • フォームローラーはドンキで買った安物だけど十分
  • 寝る前のスマホを止めてフォームローラーの筋膜リリースとストレッチと読書の時間に充てるようにした
  • PCする時はYoutubeポモドーロテクニックのタイマー動画使って25分作業5分休憩をするようにした

 

 

かわりばえしない地味な日常

  • 少しどこかへ出かけていきたい気持ちになってきている。コロナのストレスとかではなく、コロナ以前から何年も旅行に縁のない生活で(用事で遠出することはあっても自分の楽しみやリフレッシュのための遠出は殆どしていない)。少し場所を変えて気分転換したいなぁ。

オロオロな8月を振り返る

9月になった途端涼しくなって、暑いのが苦手なワタシはホッとしている。多分台風とかで蒸し暑い日が戻ってくることはあるだろうけど、。

 

8月は1週間ほど仕事を休んで引きこもった。ゴミ出し以外外にも出なかったぐらい。買い物もネットスーパーで置き配。

 

というのも転職して隣の市に引っ越してきたムスメがコロナ陽性になってしまったからで。

 

ちょっとキツイから一緒に病院行ってよ、との要請で(ちなみにウチのムスメがそういうヘルプ要請をするのはめったに無い事)付き添って行ったら即PCR検査。ワタシの職場は自分や家族がPCRを受けたら会社に報告する規定があるのですぐに上司に報告。そのまま自宅待機ということに。

 

2日後に陽性判明。ワタシもムスメと半日行動を共にしているので市の感染症コールセンターに相談。すると「アナタの場合濃厚接触者には当たりません」とのこと。とは言え心配なので、ワクチン2回めの数日後だったオットとは接触を持たないようにし、仕事も休ませてもらった・・・という経緯。

 

結局休んでいる期間は、自宅にこもってムスメの様子を定期的に確認しながら後方支援をすることしかできないわけで。いくらワクチン接種を済ませているとは言え、感染していないとも罹らないとも言えないから迂闊に外をうろつくわけにもなぁ、と。

 

幸い10日ほどでムスメの容態は改善し、職場復帰もしたのだけど、今もなかなかスッキリ完治とはいかないようだ。ムスメが罹ったのはインド型(デルタ株)とのこと。

 

そんなわけでしばらくおこもり生活をしていたら、運動不足に拍車がかかり、肩こり頭痛でツラさMAX。自業自得だ。四六時中座ってネット三昧読書三昧だったんだから。状況も落ち着いて外出自粛を解いてから、何年ぶりかで整骨院に駆け込んだ。案の定「ガッチガチですね・・・」と言われ、保険治療とは別にしばらく姿勢矯正の施術を受けることにした。しかしその出費も極力抑えたいので、起床時と寝る前にフォームローラー(の類似商品)で背中や肩甲骨のあたりをほぐしたり、簡単なストレッチをするようにした。週1で来るように言われているけれど、月1でメンテナンスするぐらいにしたい・・・。

 

f:id:imoyoukantan:20210901073922j:plain

最近導入したスチームクリーム。ふんわり軽めのクリームでラベンダー系のいい香り。意味もなくフタあけて匂いをかぐ不気味なオバハンと化す今日このごろ。

f:id:imoyoukantan:20210901073927j:plain

開けたらこんな感じ。使いかけ(汗)

 

収納を工夫するよりモノ減らそ②「生活感のない部屋」について考える

f:id:imoyoukantan:20210826220539j:plain

「生活感のない部屋」「ホテルライクなインテリア」「おしゃれに暮らす」事を目指すためのノウハウが、ネットにも他メディアでもあふれている。揃いの収納用品が整然と並んでいるさまは壮観だ。だが、「生活感のない部屋」という言葉に引っかかる。

 

お家って、生活する場所ではないのかえ?

 

という素朴な疑問と、矛盾を感じてしまうのだ。

 

ネットの辞書で生活感という言葉を調べてみたら、

 

人がそこで暮らしているという雰囲気。または、人らしい雰囲気住居そこそこに乱雑であることを婉曲的に言う場合にも用いられる。(weblio辞書より引用)

 

とある。なるほど!だったら生活感なんて遠回しに言わず、「乱雑でないスッキリ片付いた部屋」って言えばいいやん・・・。

 

って言って終わったら身も蓋もないので、もうちょっと思ったことを書くと。

 

人間誰しも家という場所で食べて寝て、排泄して、1日の汚れと疲れを洗い流したり。時々趣味を楽しんだり遊んだり、昨今では仕事も・・・という風に「生活」をする。生活には道具が必要。その道具はオシャレなものからそうでないものまで様々。何をするにしろ、道具が必要だ。

 

その道具を、日頃から使いやすく片付けしやすく維持管理できていればそれで十分なのではないだろうか?生活を助けてくれる便利な道具を目の敵にするがごとく、やたらと隠したがるのはいかがなものか。

 

・・・と、こんな事を言っているワタシ、若かりし頃「生活感をなくしたい」、「スッキリさせたい」と様々な取り組みをした。が・・・

 

不発だった!!(またか)

 

一人暮らしならいくらでも自分の好きなようにできるが、家族がいるとそうもいかない。生活感をなくそうとすると自ずと雑多な生活道具を隠しがちになる。すると、

 

余計な手間が増える

 

のだ。

 

家族にとって使い勝手、しまい勝手が悪いと、家族は何もやらなくなり、結果家事が増える。とにかく「あれどこにあるの?」とか「これどうすればいいの?」といちいち聞かれる。(しまいには「メンドクセ」と吐き捨てられる・・・汗)共同生活の場だから、皆が簡単に出したりしまったり出来るようにする方がいい。まぁ、要するに「生活しとるんだから、生活感のないオシャレ部屋なんてムリ!」と開き直っただけなのだが。

 

隠す収納方法が悪いわけではない。ただ、家族の性格や生活に合わない場合があるし、「そうは言ってもコレは隠したい!」というモノだってあるはずだ。

 

「生活感」を真っ向否定するのではなく、「多少荒れても元通りにしやすい部屋」にするのが現実的なんじゃないかなぁ、と思う。となるとモノは少ないに越したことはないなぁ、と。

収納を工夫するよりモノ減らそ①何のための「収納」なのか?

f:id:imoyoukantan:20210826220539j:plain

まだ若い2~30代の新米主婦だった頃は、収納法の本やテレビのコーナーなんかが大好物だった。

 

今、その頃買った収納グッズはすべて捨ててしまって今はない。

 

細かく仕切りを作ったりとか、服や下着のたたみ方とか、収納場所に表示を付けたりとか、あれやこれやと工夫したものだが・・・

 

すべて不発!!!!

 

自分自身もテキトーだし、家族はそれに輪をかけてテキトー。キレイに体裁を整えても一瞬で崩れる。かかる費用や労力や時間のムダだと悟り、収納法に頼るのはやめた。結局、収納法では散らかった部屋の解決にはならない。でもこの境地に至るまでの勉強代は高かったなぁ。

 

収納グッズや家具に掛けたお金よりも、ワタシが一番ムダだったなと思うのが、片付けをめぐる家族の諍い。「あたしゃ家族が暮らしやすいよう心を配ってるのにちーとも理解されない!」と憤っていたのだが、なんのことはない、暮らしやすさの定義がそれぞれ違うんだから、ワタシ一人頑張っても意味がない。話し合って落とし所を見つけて、それ以外の所は諦めるしかないのだ。あの頃は完全に独りよがりだったなぁと今は反省している

 

モノを減らし始めてから「すぐ捨てる!」「捨てるぐらいなら買わなきゃいいのに!」とか散々家族に言われたものだが、それは半分当たってて半分間違ってる。この「ウサギ小屋」と揶揄される日本の住宅に住まわなければならないのに、使わなくなったモノをいつまでも後生大事に持っていたらモノに埋もれた生活をしなければならない。それはすなわち「永久に片付けに忙殺される人生」か「汚部屋住人」の二択しかない。どちらも嫌なんだから、すぐに捨てるより他しょうがないではないか、とワタシは思うのだが。

 

「捨てるぐらいなら」云々に関しては確かにそうだ。ムダなモノを買わないに越したことはない。買い物、貰い物には慎重になるべきだと思う。ただしそのセリフを言っていいのは、「日頃からモノの管理がきちんと適切に出来ている人」ではないか。使ったモノは出しっぱなし、床にモノがとっ散らかってる人に言われたくないんよなぁ・・・(ボヤき)。

 

収納の話から少し脱線してしまったが。

使いもしないモノを後生大事にしまうための収納の工夫はムダである。日常生活で使用頻度の高いモノを、次にすぐ使えるように片付けるぐらいなら、テクニックや多くの小道具を駆使しなくても出来るのではないだろうか。その方がコストも掛からず「収納ストレス」もなく、日々を淡々と心穏やかに過ごせるのではなかろうか、と思う。そして、日常生活で使用頻度の高いモノって、人にもよるけど実はそんなに多くない。実際ワタシはモノを減らすようになり、収納法から距離を置いたことで随分と暮らしやすくなったと実感している。

 

自分がどんな暮らしをしたいのか・・・を考えることで、自ずとモノとのつき合い方も定まってくる。「たかがモノ、されどモノ」なんだろうな。