お気楽ミニマルライフ

パートのオバハンがラクな暮らしを追求するブログ

使い切って捨てる・・・が掃除のやる気アップになっている

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高知の親戚から、春の風物詩、土佐文旦が送られてきた!!春の柑橘大好き!!この香りが読者様に届くといいのにな!

 

・・・で、文旦とは全然関係ない記事を書く。

 

寒さが続くこともなくなってきたので、今朝は古くなったヒート某系肌着2枚をチョキチョキ。ウェスにした。

 

雑巾とか布巾の管理が面倒なので、最近は要らない布が出てくると専ら切り裂いてウェスにして処分するようにしている。そういうちょっとした手間をかけられるぐらいの気持ちの余裕が出てきたのはいいことだ。

 

以前は処分する衣類の量も多かったので、いちいちウェスにするよりも、市の環境事業所に何かのついでの時に持ち込む方が都合が良かった。今は気づいた時にチョコチョコ作業できるぐらいに処分する衣類も減ってきたということでもある。

 

ウェスは大体2~30センチ四方にカットして、あちこち拭きまくってポイする。雑巾の管理がイヤなので、心置きなく雑巾代わりに使い捨てにできるウェスは本当にありがたい。特に重宝するのがガスコンロ周り、玄関の三和土、サッシのレール。

 

食器洗い用のスポンジも、最期のお役目としていくつかの用途がある。台所のシンクや排水口周りの掃除、ベランダの掃除、洗面台の掃除、トイレ掃除など。5個入り100円ぐらいのやっすいスポンジを1週間食器洗い(っていうか、食洗機に入り切らない調理器具洗い用)に使って交換するので、交換する日はスポンジ片手にウロウロして、一番気になった所を掃除する。やっすいスポンジはヘタるのも早いので、気兼ねなく処分できる。

 

歯ブラシも1ヶ月弱で交換するタイミングでお風呂場の排水口周りの掃除とか、細かい溝のある部分の掃除に使って処分。

 

・・・ビンボー性と思われるかも知れないけど、専用の掃除道具をアレコレ買い揃えていた時よりもちゃんと掃除しとるw 「使い切って捨てる」が掃除のモチベーションになっているなぁ。

普段着、そろそろ春支度

日差しはすっかり春めいて、冷え込んでもウールのコートがそろそろ気分じゃないと感じる。

 

予てから春と秋の着の羽織用のアウターが必要だったので、マウンテンパーカーを楽天で注文。あとはやはり春秋用にシャツかカットソーを1~2枚買い足したら・・・多分4月の下旬には「初夏の陽気」なんて日も増えてくるのでその辺りで夏物トップスを2~3枚買い足そうかな、なんてつらつら考えている。ワンシーズン着倒して大半を処分してしまうので、残してあるシーズンオフの衣類は1枚あればいい方なのだ。ああ、買い物めんどくさい。

 

少し前にユニクロのメリノウールの薄手の紺色カーディガンに穴が空いて、このカーディガンが気に入ってるのでリピートしたんだけど、色の選択を誤った。ボルドーカラーはやっぱり秋冬の色。好きなんだけど。まぁ、冷える日は着る。

 

colorleaves.hatenablog.com

 

そんな折、読ませていただいているこちらのブログのブログ主さんが、「春服は1年のベースとなるので」と書かれていて、ハッとした。なるほど~、その発想はなかった!ファッションに興味がないもんだから、季節ごと、場当たり的に最低限の数を揃えることだけ(しかもお安く)しか考えてなかったわ~。

 

 

確かに春とか秋の暑くも寒くもない時期をベースにしていれば、後は暑さ寒さに応じて衣類を調整して行くほうが理にかなっているなぁ。もうちょっと若いうちに気づいていれば、シーズン毎にイヤイヤ買い物に行くという愚行をしないで済んだのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コロナ禍中の別れ、続き

昨日、無事に父の告別式済ませました。

はてなブックマークしてくださった皆様、お心遣いありがとうございました。

 

imoyoukantan.hatenablog.com

 

 

コロナ禍中なので、参列者も少なくひっそりと簡素な式になった。

まだ手続き関係が残ってたり、四十九日法要と納骨式の日取りを決めて申し込んだりとかやることはあるけれど、ひとまず最初の区切りはついた。本来社交的で友人知人が多かった父の告別式としては少々寂しいものになってしまったけれど、仕方ない。それでも90になる父の義兄(幼馴染でもある)がわざわざ遠くから来てくれたり、父の現役時代の上司と後輩がかけつけてくれたりして、じーんときてしまった。

 

そんなわけで、次の記事から通常モードに戻ります。

 

 

コロナ禍中の別れ

長期入院していた父が先日亡くなった。

 

おいおいブログなんか書いてる場合じゃないだろうと思われるかも知れないが、何と亡くなった日から葬儀まで、10日も空いてしまった。斎場の予約がなかなか取れなくて・・・。

 

葬儀屋さんとの打ち合わせをしつつ、諸々の手続きを妹と手分けして始めたんだけど、現在諸々待機状態で。パート先の忌引休暇は亡くなった日から連続5日なので、来週2日間は出勤しないといけないんだけどなぁ。そんなわけで今は葬儀屋さんの詳細見積書待ち、銀行の手続書類待ち、保険会社の手続書類待ち・・・である。

 

 

 

父は長年患っていた糖尿病が進行して、6年前に片足を失ってから老健施設に入所した(母が癌再発で亡くなったのもその頃のことで、2015年から2016年は父とワタシ達姉妹にとって辛い時期だった)。リハビリして、車椅子でトイレに行ったり松葉杖を使って歩く練習などもしていたが、病状はジワジワと進み、施設では血糖コントロールが難しくなった。そして病院へ入院となった。

 

入院当初は施設にいたときと同様に、リハビリをし、トイレには車椅子で行き、妹の差し入れの新聞を読んだり本を読んだり。それがいつしかベッドの脇にポータブルトイレが置かれていることが増え、車椅子がなくなった。

 

それでもお見舞いに行くと嬉しそうに現役時代の会社の話をしたり、その頃仲良くしていた同僚のことや、目をかけていた後輩の話をして懐かしんだり、近況報告を嬉しそうに聞いてくれていた。

 

ある時、「また来るからね」と手を握ったら、父が涙ぐんだ。寂しい思いをさせている。もっとお見舞いに行く回数を増やさなきゃな、たった一人の孫の顔ももっと見せてやらなきゃな・・・と思いながらも、ムスメは遠い場所に進学したりで、なかなか難しく・・・。

 

そんな事を思いつつ迎えた2020年。

1月2日にワタシ一人父の病院に赴いた。あけましておめでとうの挨拶をし、近況を報告したら、あとは何を話そうかな・・・と思いながら病室のカーテンを開けた。父は気持ちよさそうな寝息を立てて眠っていた。

「お父さん、来たよー」と声を何回か掛けたけど目が開くことはなく。1時間ほど父の寝顔を眺めていたら看護師さんが「今日、お風呂に入ったんですよ。気持ちよかったって言ってたけど、ちょっと疲れちゃったみたいですね」と声をかけてくれた。起きる気配もなく、看護師さんに「長女が来たって伝えて下さい」と伝言をお願いして帰宅した。

 

その後あれよあれよという間にコロナ禍で、病院は面会できなくなった。妹は毎週末差し入れを続けてくれていて、1度だけ窓越しに会わせてもらった、と言っていた。ワタシは仕事柄人と接する機会が多いのでお見舞い自粛していた。でも、お正月寝顔を見たきりで、父がどうしているのかずっと心に引っかかっていた。そこで、人生はじめて父に手紙を書いた。何を書いたらいいのかわからず、便箋何枚も書き損じてようやく手紙を完成させて投函したのが12月初旬のことだった。(結局お見舞いに行けない言い訳のようなしょうもない手紙だった・・・)

 

年が明け、1月の終わり。

妹から連絡が入り、久しぶりに主治医の先生と面接するから一緒に来てほしいとのことで病院に行った。コロナはまた増えているから主治医との面談だけだと思っていたが、特別に短時間の面会が許可された。病状が良くない、残ったもう片方の足も壊死してきていて、傷口から細菌が入って高熱を出してようやく落ち着いてきた所、という話だった。今すぐにどうこうではないけれど、もう先は長くはないんだな、と。

 

父と再会し、妹とワタシが口々に近況報告するのを、父はニコニコしながら聞いていた。「さっきのお昼ごはん何食べた?」と聞いたら「なんかわかんないけどまずかった」なんて言ってたから、「まずいなんて文句つけるぐらいだから元気じゃん!」なんて話してたんだけど・・・その10日後だった。

 

前日の夕食を途中まで食べて、最期の言葉が食事介助の看護士さんに言った「もういいや」だったらしい。未明に逝ってしまった。妹が駆けつけたけど間に合わず、ワタシも夜が明けた頃に知った。

 

 

 

どうにか亡くなる数日前に短時間でも会うことが出来てよかった。主治医の先生のはからいに感謝しか無い。長いこと会えないまま亡くなってしまうということも今は多いだろうし・・・。

 

うちの父は年相応の物忘れはあるけれど、認知症ではなかったので、コロナ禍のことも看護士さんや医師との会話や差し入れの新聞などでちゃんと認識していて、ワタシ達が面会に来れないこともちゃんと理解していた。・・・が、やはり週末の妹の来訪や、時たまワタシが訪れるのが唯一の外の世界との繋がりだったはずだ。それが絶たれてしまって気力を失ってしまったのかな・・・。

 

思春期には父に反抗し、その後何となく疎遠になった。でもやっぱり父は父。

小さい頃に父が語り聞かせてくれたことが、今も自分の中に生きている。

(社会家計科目だけは好きだったのは父の影響だ)

 

とりとめない一人語り長文をここまで読んでくださった方、ありがとうございます。

どうか、早くコロナ禍が過ぎ去りますように。

家族と会いたい時に会える世の中に早く戻りますように。

下味冷凍・・・助かるけれども量次第

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今日まで仕事が3連勤。

夕方5時までの勤務なので帰宅すると6時前後。1から夕食の支度はイヤなので、メインのおかずを下味冷凍することにした。

それと週の始めの買い出し日がたまたま最寄りのスーパーがえらく安売りしてる日で、ちょっと多めに買ってしまったというのもある。

 

野菜を洗っておく、切っておく、茹でておく・・・というのは割と普段からやっているんだけど、お肉や魚などの下味冷凍は普段はいくつも仕込まない。多くて2品程度。

 

今回仕込んだのはこんな感じ

 

  • 塩鮭5切れ・・・そのスーパーで5切れ入398円はなかなか出ない価格なので即決。ラップに1個ずつくるんで冷凍。
  • 豚切り落とし肉・・・350だか400グラム入ってた。うろ覚えだけど400円ちょい。半分はその日のうちに白菜漬けと炒め合わせて食べちゃった。もう半分はオットが買ってきて使い切れない焼肉のタレと斜め切りにした長ネギを揉み込んで冷凍。
  • 鶏むね肉・・・ぷりっぷりのかなり大きなものが2枚入って300円ちょい。全部そぎ切りにして3パターン。①生姜醤油漬け②にんにく醤油漬け③味噌ヨーグルト漬け(味噌とヨーグルト1:1)

 

買い出しの日、野菜などもかなり安くいつもよりも多めに買ったので、下味冷凍の仕込みなども含めで作業時間2時間かかってしまった。たまたまその日は調子よく、めずらしくやる気と余力があったからいいけど、毎週これはやりたくない・・・。

 

あと、ステンレスの蓋付きフライパンにクッキングシートを敷いて半解凍した下味冷凍食材を入れ、蓋をして弱火で蒸し焼きにするという手抜きっぷり。でもゆっくり作業できるし美味しい。

 

さ、今日も仕事行こ。

 

昨今のミニマリスト界隈を見てオバハンなりに考えてみたこと

ここ1〜2年、ミニマリストやめます、みたいなブログや動画投稿をよく見かける。やめる理由もそれぞれあるようで。

 

見てて、ミニマリストって手段であり通過点なんだよなってつくづく感じる。

 

たくさんのモノに囲まれて暮らしていたのが、何らかの理由でモノを減らし始め、いつしか少ないモノで生活するようになる。そして、モノを買う時間や買ったモノの維持管理の時間、意味のなくなった人間関係や不要なサービスを断つ事でできた時間や空間を何に振り向けるのか。それこそが本当にやりたい事だったり人生の目的なんだろう。

 

そこに到達でき、ミニマルな暮らしがごく当たり前の日常になっていたら、自分から「ミニマリストです」って名乗りもしないと思う。ミニマリストとして情報発信していた人たちが「ミニマリスト止めます」っていうのはそのカテゴリーに属することがあんまり意味がなくなっているからだろう。

 

以前ワタシ、こんな記事を書いた。

 

imoyoukantan.hatenablog.com

 

が、この記事以降結局ミニマリストを自称していない。過去記事にも書いたように、御大層な思想や主義なんかない。暮らしを小さくして出来た時間や空間を趣味や娯楽に充てたかったのと、多すぎるモノ、煩わしく手に余ると感じるコトが多すぎて、うんざりしてたというのもある。ただそれだけのことに「〇〇リスト」なんて自称することには違和感を感じたからだ。だからワタシも「ミニマリストやめました」の人と言えるかも(汗)

 

ミニマリストインフルエンサーとも言える、ミニマルな暮らしがそのままお仕事になっているような方も中にはいるけれど、ワタシ達の大半は「自分らしく生きるために」ミニマルな生活を選択した人が大半なのではないかな、と思う。だから呼称はどうでもいい人もいるし、自分がどういう人間か他人にわかりやすくするためにミニマリストを名乗っている人、ミニマリストという言葉がしっくり来るからそのまま利用している人など様々いるだろう。

 

そこの所は自由だと思う。だから「あんなにモノが多いのにミニマリストなの?」とか「〇〇を持ってるのにミニマリストなの?」って言ってくる人に対しての予防線を張るという意味もあるだろうけど、「〇〇を持ってます。理由はこうこうで・・・」という説明を見聞きすると、「ええんよ、自由にすれば~!それがあなたのやり方なんだから~」って言いたくなる。(まぁワタシも興味あるから見てるんだけど)

 

自由な分ミニマリストという言葉の意味がぼやけてしまっているんだろうな。いや、そもそもミニマル(最少)というのが人によって違うから、ぼやけてしまうのは仕方のないことなんだろう。

 

とりとめなくなってしまったが。

 

ミニマリストというのは暮らし方の流儀みたいなもんで、大事なのはミニマリストになったその先に、自分がどうしたいのか、っていうことだと思う。大量生産大量消費ですべてが過剰になっている所に、颯爽とミニマリストという存在が登場し、流行したけれど、そろそろブームが一段落して、ことさら名乗ったり主張する必要がなくなっていく兆しなのかなー、と。

 

なんかエラそうにスイマセン。

 そんじゃ、大量生産大量消費の聖地のような勤務先に出勤しようっと。

家事がしやすいミニマルライフ

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 この頃不思議なことに、あんなにイヤダイヤダと思っていた家事が、そんなに苦ではなくなったような気がする。「気が重くなる」ということがなくなった。

 

暮らしをシンプルかつミニマルにする取り組みを始めて早10年近く、薄皮を1枚1枚ゆっくりと剥ぐように変化していき、こういう心境に至ることができたのは幸い。家事をそこそこちゃんとこなせるだけで、自己肯定感がじんわり上がる。

 

とは言え、家事がだぁ~いすき!なのではなく。

 

  • 服が少ないから洗濯物溜めないし
  • お腹が空いたら冷蔵庫にあるもので簡単適当に作って食べればいいし
  • 埃や汚れを見つけたらさっと取り除ける態勢ができているし
  • 色々先延ばしにすると後々ものすごく面倒なのがわかっている

 

から、その都度シンプルに対処しているだけである。

その積み重ねが案外大事なのかなぁ、と。

 

そのシンプルな対処を難しくしているのが、

  • モノの量
  • 世間一般の価値観
  • 多すぎる情報

だったりするのだろうな。

 

今までやってきたことって、そういった事をミニマルにしていく作業。

自分の気持ちや自分の過ごす空間に余白とかゆとりができて、今風に言うと「自分軸」というのが出来てきたから、過ごしやすく、家事がしやすくなったんだろうな、と。

 

この気軽さ、身軽さを知ったら、もう過剰なモノや情報はいらんな~ってなる。

ワタシもまだシンプルミニマルにしたい部分があるので、楽しみながら取り組もうと思っている。年令を重ねていくごとに暮らしのあり方も変わっていくものだろうから、これからも、ちっちゃな工夫を楽しめる自分でいたいと思う。