お気楽ミニマルライフ

意識が低いオバハンの簡素な暮らし

「赤毛のアン」マリラに学ぶ 服の選び方

服のことを考える時、いつも思い出すのは「赤毛のアン」のエピソード(幼少の頃に見ていた「世界名作劇場」の赤毛のアン、好きだったなぁ~)。

 

アンがマシュウとマリラ・カスバート兄妹の家で暮らすようになり、マリラがアンに「この夏はこの3枚の服で」と自ら縫った3着の同じ形の質素な服を手渡す。

 

「茶色のギンガムと青いプリントの服は学校が始まったら着て行くのにいい。

繻子地の服は教会や日曜学校に行く時用だよ」

 

 

孤児院で育ち、古く窮屈な服ばかり着ていた美しいもの好きのアンにとって、新しいきれいな服は夢だったからガッカリ。マリラにお礼を述べつつも、「こんな服だったら良かったのに」的なことを言ってマリラの機嫌を損ねてしまう・・・というエピソード。

 

普通なら、オシャレをしたい年頃のアンに感情移入するであろう箇所かもしれない。

 

だけどワタシはマリラのこの堅実さと言うか、実用主義的な所がすごく印象的だった。当然子供の頃は「もうちょっと可愛げのある服を着せてあげたらよかろうに」と思ったものだ。

 

今は感じ方が違っていて。

マリラはアンのこれからの生活を予想し、必要な衣類を必要な分だけ準備したわけで。面白みはないだろうけど、これが服選びの基本中の基本なんじゃないかと。

 

赤毛のアンの時代とは違い、巷に服が溢れかえっていて、流行のサイクルも早い現代。それもだいぶ過剰になってしまって、家の中でたくさんの服を持て余す人も珍しくない。「服はいっぱいあるのに、着ていく服がない」というおなじみのアレだ。

 

そろそろ店頭に秋色の服がチラホラ登場したり、秋のコーデの提案も見かけるようになる時期。

 

まずはゆっくり自分の生活を観察し、「いつ、どこへ着ていく服が必要なのか」を明確にしてから服を購入しよう。ただ漠然と「気に入ったから」とか「デザインが素敵だから」では、タンスの肥やしを増やすばかりになる(経験談)。

 

ところで、成長したアンにマシュウが「袖の膨らんだドレス」をプレゼントし、アンが喜ぶエピソードとか、進学のためグリーンゲイブルズを離れるアンに、マリラが豪華なフリルの付いたドレスを縫って持たせるエピソードなど、「着るもの」に込める思いは、洋の東西を問わないんだな・・・。

 

自分を包み守ってくれる服、もうちょっと大事にしないとなぁ。