お気楽ミニマルライフ

パートのオバハンがラクな暮らしを追求するブログ

収納を工夫するよりモノ減らそ①何のための「収納」なのか?

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まだ若い2~30代の新米主婦だった頃は、収納法の本やテレビのコーナーなんかが大好物だった。

 

今、その頃買った収納グッズはすべて捨ててしまって今はない。

 

細かく仕切りを作ったりとか、服や下着のたたみ方とか、収納場所に表示を付けたりとか、あれやこれやと工夫したものだが・・・

 

すべて不発!!!!

 

自分自身もテキトーだし、家族はそれに輪をかけてテキトー。キレイに体裁を整えても一瞬で崩れる。かかる費用や労力や時間のムダだと悟り、収納法に頼るのはやめた。結局、収納法では散らかった部屋の解決にはならない。でもこの境地に至るまでの勉強代は高かったなぁ。

 

収納グッズや家具に掛けたお金よりも、ワタシが一番ムダだったなと思うのが、片付けをめぐる家族の諍い。「あたしゃ家族が暮らしやすいよう心を配ってるのにちーとも理解されない!」と憤っていたのだが、なんのことはない、暮らしやすさの定義がそれぞれ違うんだから、ワタシ一人頑張っても意味がない。話し合って落とし所を見つけて、それ以外の所は諦めるしかないのだ。あの頃は完全に独りよがりだったなぁと今は反省している

 

モノを減らし始めてから「すぐ捨てる!」「捨てるぐらいなら買わなきゃいいのに!」とか散々家族に言われたものだが、それは半分当たってて半分間違ってる。この「ウサギ小屋」と揶揄される日本の住宅に住まわなければならないのに、使わなくなったモノをいつまでも後生大事に持っていたらモノに埋もれた生活をしなければならない。それはすなわち「永久に片付けに忙殺される人生」か「汚部屋住人」の二択しかない。どちらも嫌なんだから、すぐに捨てるより他しょうがないではないか、とワタシは思うのだが。

 

「捨てるぐらいなら」云々に関しては確かにそうだ。ムダなモノを買わないに越したことはない。買い物、貰い物には慎重になるべきだと思う。ただしそのセリフを言っていいのは、「日頃からモノの管理がきちんと適切に出来ている人」ではないか。使ったモノは出しっぱなし、床にモノがとっ散らかってる人に言われたくないんよなぁ・・・(ボヤき)。

 

収納の話から少し脱線してしまったが。

使いもしないモノを後生大事にしまうための収納の工夫はムダである。日常生活で使用頻度の高いモノを、次にすぐ使えるように片付けるぐらいなら、テクニックや多くの小道具を駆使しなくても出来るのではないだろうか。その方がコストも掛からず「収納ストレス」もなく、日々を淡々と心穏やかに過ごせるのではなかろうか、と思う。そして、日常生活で使用頻度の高いモノって、人にもよるけど実はそんなに多くない。実際ワタシはモノを減らすようになり、収納法から距離を置いたことで随分と暮らしやすくなったと実感している。

 

自分がどんな暮らしをしたいのか・・・を考えることで、自ずとモノとのつき合い方も定まってくる。「たかがモノ、されどモノ」なんだろうな。