地味~なお気楽暮らし

四十路主婦いもようかんの地味でこじんまりした暮らしのアレコレ

収納グッズは最低限に

いつからか、使うモノしか持ちたくないと思うようになった。

 

「いつか使うかも」としまっておいたモノは絶対その存在自体を忘れるトリ頭なせいである。

 

見栄え良くしまっておこうと収納グッズを使うものの、その中身の存在を忘れてしまうんだからどうしようもない。気づいたら何年も使わずに置いてあったモノが収納スペースを圧迫してた、なんてことにウンザリしたので、一定期間使っていないモノは処分するようにしている。

 

そうすると、いらないモノの筆頭が収納グッズである。

 

いくら収納グッズを駆使して見栄え良く収納しても、肝心の中身を入れっぱなしにしてるんじゃ意味がない。「整理しやすく取り出しやすい」ことが重要なのだから、収納グッズは最低限でいいのだ。

 

それに収納グッズ自体の手入れもする必要がある。乾物や保存が利く食品類などの収納に100均のプラカゴを多用していたのだが、時々食品カスなどが四隅に溜まっているのを見て「やれやれ」と思いながらカゴをいくつも洗ったりするのに嫌気が差して、あまり細かく仕切らずザックリにしようと現在変更中だ。

 

人間が生活しているんだから、当然「生活感」は出るものだ。生活するということは、キレイなことばかりではない。確かに洗剤や食品のパッケージは統一感もなく派手派手しかったりするけれど、そういうものを使って生きているんだから目の敵にして収納グッズを駆使して隠そうとしなくてもいいんじゃないかと思う今日この頃。

 

あ、あと「見える化」は家事をするに当たって結構大事だ。消耗品の残量、家族と共用のモノなど。忙しいときに限って「あれ、どこ~?」とモノのありかを家族に聞かれたり、トイレットペーパーやシャンプーが足りなくなったりするものだ。イライラしたり意志力をムダ使いするよりも、あからさまに見えてしまうほうをワタシは選ぶ。収納に凝り過ぎると、主婦の家事労働も絶対増えると思うのだ。

 

 

掃除道具ジプシーその2 雑巾が苦手

f:id:imoyoukantan:20180520112338j:plain

拭き掃除。

 

雑巾キライなので拭き掃除が非常に面倒くさく感じる。「あーあ仕方ない、やるかぁ〜。ドツコイショ」と重い腰(実際凄い重い)を上げて、やっとの思いで取り掛かる。やり始めたらそれなりに頑張って雑巾がけはする。

 

が、使用済み雑巾から埃や髪の毛を取り除き、よく洗って干すという一連の作業がまず面倒。それに、干す場所しまう場所につい悩む。洗濯した衣類と同じ場所に干すのに抵抗があるが、他に適当な場所が無い。しまう場所も同様。

 

で、拭き掃除をする道具もジプシーというわけだ。

 

雑巾は上記のような理由で嫌い。かと言って、市販の掃除シート、例えばクイックルのような商品も便利だけど使ってるうち「使い捨てにするものにお金かけるなんて」とモヤッとする。

 

古いタオルをハサミで切って使い捨てウェスにするのは時々やるが、いつも古いタオルがあるわけじゃない。それに布を切るのが面倒だ。

 

と、ここまで書いて自分のケチ・面倒くさがり体質が一番面倒だと思わざるを得ない。情け無い。

 

書いてて気づいたんだが、雑巾を始めとして、何かの汚れや水気を拭き取る用途の布類全般の管理が面倒かつ苦手なようだ。ここはあまり考えすぎず、割り切って使い捨て出来る商品を開拓したほうがいいかもしれないなぁ。

掃除道具ジプシー

モノを減らして掃除はしやすくなり、さすがに「掃除嫌い」は卒業できたが、やはり掃除は面倒な家事の筆頭である。

 

時短・省力化を目指していろいろな掃除道具をジプシーした。しかしどれも帯に短し襷に長しといった感じで、決め手に欠ける。

 

現在はキャニスター型掃除機だ(2代目)。

クイックルフロアワイパーも使った(ひたすら時短・省力・安価を目指した時代)。

ほうきとちりとりも使った(丁寧・エコな暮らしに憧れ期)。

ほうきで集めたごみをコードレス掃除機で吸い取る方式も試した(丁寧と省力の折衷案・・・当時のコードレスは性能がイマイチだった)。

ダスキンのモップもレンタルした。

 

どんな道具を使っても面倒である。困ったものだ。

 

一番面倒なのは、面倒くさがりのくせに部屋を小奇麗にしておきたい自分なのかもしれない。

 

来月から週5勤務が始まるので、もっと掃除を省力化したい。

ぱっと取り掛かれて、ささっと掃除してさくっと終わらせたいのだ。

 

f:id:imoyoukantan:20180517202443j:plain

まだ今の掃除機使えるけど・・・コードレス掃除機検討しようかな・

嬉しい言葉のプレゼント

今週のお題「おかあさん」

 

本日2度目の更新。

今日は母の日である。

 

親孝行したくても既に実母は鬼籍の人だ。姑様も同様。

 

母の日のプレゼントを何にしようかというのも悩ましくとも楽しい。だけど日頃から事あるごとに「ありがとう」を伝えておけばよかったな、とつくづく思う。

 

一方、ワタシも一応母親の端くれである。ムスメからラインで「産んでくれてありがとう」ときたのにはびっくり。そんな風に言ってくれるなんて嬉しい。

 

「こちらこそあなたの成長を見せてくれてありがとう」と返信した。いつものような素っ気ないやり取りだったけど、彼女なりの気遣いを感じた。

 

今までで一番嬉しい母の日だった。

 

みんなホントにズボラなの?

f:id:imoyoukantan:20180418165134j:plain

 

人様のブログを読むのが好きだ。

 

人様の暮らしぶりは非常に参考になるし、世間にはいろいろな考え方があることを手軽に知ることが出来るのがブログだと思う。

 

よく目に付くのが「自称ズボラ」「自称めんどうくさがりや」の主婦のブログ。

 

ワタシ自身もズボラでめんどうくさがりやを自覚しているので、目を皿のようにして暮らしをラクにする情報や時短ワザを収集している。だからこそ同類のブログは大好物。

 

しかし最近思うのだ。

「自称ズボラ主婦、ちょっと多くないか?」と。

 

さらに疑問に思うのは、

「この人、全然ズボラじゃないよね?」ってこと。

 

  • 部屋キレイじゃない?
  • ご飯ちゃんと作ってるじゃない?
  • コーディネイトとか考えてて、オシャレしてるじゃない?
  • しっかり子育てしてるじゃない?

 

って思うブロガーさんのほうが圧倒的に多い。

 

もちろん試行錯誤の結果をブログにアップしているんだと思う。

今は情報量も多いから、幾らでも巧妙にズボることが出来るともいえる。

 

思うに、根っから「家事が大好き」な人は少数派なのではないだろうか?

けれど「女たるもの、家事が出来て当たり前」という風潮が根強くて、「ああそれなのに、家事が面倒くさいと思う私ってなんてズボラなのかしら」と思ってしまうのではないだろうか(超乱暴な仮説)。

 

・・・もしそうだとしたら、自分のズボラさとか面倒くさがり屋な面をあんまり否定的に捉えなくてもいいのかもしれない。

 

そういえば以前こんな記事も書いてた▼ 

imoyoukantan.hatenablog.com

kindle unlimited 解約

kindle unlimited を利用していたが解約した。

f:id:imoyoukantan:20180508145159j:plain

 

kindle 自体は今後も利用する。

unlimited は月額980円で読み放題がいいなと思ったが、案外読みたい本が少なかった。どんな本でもunlimitedで読めるわけではないのだ。

 

解約しダウンロードした本が読めなくなったが、どの道読みたい本はちゃんと買って読めばいいし、図書館もあるからunlimited のメリットはあまり無かったのかなぁ、と。

 

それにしても、本は紙!というコダワリを手放して本当に良かった。管理がラクになった。まだ5冊ほどあるけど、電子化すれば買い替えるつもり。

 

本の収納スペースというのはバカにならない。オットはある専門職に就いている為、多くの専門書を取っておかねばならない。7年前に書棚を処分して現在その本をどこに収納しているかと言うと、下駄箱である。何故か今の住まいの備え付けの下駄箱は天井まであり靴が大量収納できるようになっている。靴をあまり持たないワガヤでは大分スペースが余った為オットの本を収納する場所とした。靴収納と本の収納はちゃんと分けているのであしからず。

 

今はスマホで読んでいるが、電子書籍リーダーそのうち買おうかなぁ。歳のせいか小さい字読むことが疲れるようになってきた。

 

たまに読む川原泉作品(漫画)もそのほうが読みやすいし。

身体は1つしかない、足は2本しかない、お金はあの世に持って行けない

f:id:imoyoukantan:20180305204143j:plain

ワタシが小さい頃に母が働いていた個人経営のクリーニング店のご隠居おばあちゃんが強烈な守銭奴だったらしい。

 

もう2~30年前にそのおばあちゃんは亡くなっているのだけれど、強烈なキャラゆえ、ワタシと母の間でよく話のネタになっていた。

 

そのおばあちゃん、とにかくお金を貯め込む人で、貯まった額面をみてほくそ笑むタイプだったらしい。銀行に預けるだけでなく、タンス貯金なんかもしていたようで、多分「趣味は何ですか?」と聞かれたら、「お金を数えること」と言っちゃいそうなタイプである。お金がちょっと少ないと、お嫁さんに「ヨメにお金を盗られた」と濡れ衣を着せることも多々あったようで、息子夫婦と非常に折り合いが悪かったらしく、孤独だった。

 

しかしお金さえあれば安心だった。息子家族から爪弾きにされてもめげずに嫁いびりはしてたらしい。

 

おばあちゃんが90歳で亡くなった時、相当なお金を残して逝った。その頃にはクリーニング店を辞めて別の仕事をしていた母も通夜に参列したのだが。なんと亡くなるちょっと前まで元気にお金を数え嫁いびりもしてたらしい。お嫁さんとしては「やっと死んだ・・・」っていうのが正直な気持ちだっただろう。

 

身近にクリーニング店の様子を見聞きしてた母、後日こんな事を言っていた。

 

「あのおばあちゃん、お金を一生懸命貯めるだけ貯めたけど、あの世までお金は持ってけないからねぇ~。どんな気持ちで逝ったんだろうね・・・」

 

 

おばあちゃんがどんな人生歩んできたかは知らないが、お金だけが唯一信じられる対象で、周りの家族から爪弾きにされる晩年・・・幸せだったんだろうか。

 

随分昔の話だが、フィリピンのマルコス大統領夫人イメルダが失脚・亡命し、マラカニアン宮殿に大量の高級な服や靴などを残していった。そのニュース映像を見たときに母が言った言葉も時々思い出す。

 

「人間身体は1つだし足は2本しかないのに、あんなに沢山どうするんだろうね~」

 

人間致死率100%だし、身一つで死んでいく。

そう考えると、お金も、モノも、生きていくのに必要な分あればそれでいいと思う。